積読否定派の意見を踏まえ、メリット、注意点を考える

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当ページでは、積読肯定派の筆者が否定的な意見を踏まえ、メリットと注意点を考える。

積読とは

積読つんどくとは、本を購入したにもかかわらず、読まないまま積んでおく行為を指す。

読書に関する調査実態

クロスマーケティングの「読書に関する調査」では、20歳から69歳を対象に読書頻度が分析されている(出典:読書に関する調査(2023年|クロスマーケティング))

これによると、年齢・ライフスタイルにより異なるものの、多くの人が本に触れる機会をもっていることがわかる。

具体的には、若年層では通勤・通学時に電子書籍を、中高年層はゆったりとした時間に紙媒体を選ぶ傾向にある。

ということは、物理的な積読は中高齢層に多いのだろう。

積読の定義からすると、電子書籍でも読まなければ「積読」に該当しますが、後述する否定派の意見に物理的要素が含まれるので念のため。

積読否定派の意見

積読否定派の意見には、下記のようなものがある(出典:筆者の実体験に基づく)

  1. 無駄遣い
  2. スペースの無駄
  3. 本来の目的を逸脱
  4. 自己管理不足

1.無駄遣い

積読否定派の意見として最も多いのは、読まない本を購入することそのものが「無駄」というもの。

購入した本を読まずにいることを、投資に対するリターンが得られない状態と捉え、頻度を重ねるごとに負債が膨らんでいると考えているようだ。

2.スペースの無駄

積読の増加に伴い、物理的なスペースを要し、部屋が散らかることを懸念する声もある。

これらは特に紙媒体の書籍に対しての意見で、限られた収納を読まぬ本が独占し、収納場所が不足することを嘆いているのだろう。

3.本来の目的を逸脱

読書の目的は、知識の享受、情操を豊かにすることと考える人にとって、積読は、本来の目的を逸脱する行為だといえる。

本を買うことに満足し、内容を吸収・消化しないことに対する不合理が否定的な思考に繋がるのだろう。

4.自己管理不足

積読について、自己管理・計画性のなさを指摘する人がいる。

この手の人は、本を買うという衝動を抑えられず、計画的な読書ができない二段構えと解釈し、特に強く批判的な姿勢を見せることがある。

本を買わなくとも得られる情報が増えたことも一因かもしれません。

積読のメリット

筆者が考える積読のメリットは下記の通り。

  1. 知識、視野が広がる
  2. 優先度を自然にはかれる
  3. 購入時の心理的充足感
  4. インスピレーションを得られる

1.知識、視野が広がる

積読には、必要なときに求める知識にアクセスできるメリットがある。

興味をもったタイミングでスムーズに読書を始められる環境が揃うため、新たなテーマに取り組むときや、特定の情報を要する際、すぐに対応できることはメリットだろう。

「知識のストック」です。

2.優先度を自然にはかれる

積読をすることは、手元に複数の選択肢を置くことである。

購入時は間違いなく関心があるが、複数の興味・関心を1箇所にまとめることで、自分の興味の対象や優先度を知ることにも繋がる。

3.購入時の心理的充足感

読書は義務ではない。

本を購入する行為は、自分自身が「本を読みたい」と感じていることを認識できる行為であり、「まだ読んでいない本がある」ことがその後の楽しみやモチベーションに繋がることがある。

4.インスピレーションを得られる

日常生活を送る上で、積読が思いがけないインスピレーションを与えてくれることがある。

色、デザイン、タイトルを視覚的に認識することで、無意識に発想に取り込んでいるのだろう。

偶然の掛け合わせが新たなアイデア創出に繋がり、思考の幅を拡げることに役立つものと考える。

積読の注意点

積読をする場合、下記に注意したい。

  1. 読書へのプレッシャー
  2. スペースの確保
  3. 質より量の思考
  4. 経済的負担

1.読書へのプレッシャー

積読が増えると、読まねばならないというプレッシャーを感じることがある。

これにより、読書そのものを義務のように感じ、本来楽しむべき読書という動作をストレスに感じる可能性がある。

これでは本末転倒なので、自分が許容できる範囲・冊数をはかりながら本と付き合いたい。

2.スペースの確保

否定派の意見にもあるが、積読は物理的負担をともなう。

限られた居住スペースにおいて、日常生活の障害となるほど本を増やすと、整理整頓がままならず、所有物の管理が困難になる可能性がある。

こうなると、不衛生な環境を招きかねないため、時には風を通し、定期に清掃することをオススメする。

3.質より量の思考

積読の状態が継続すると、物質的な豊かさに満足感を得て、購入当初の楽しみを忘れる事がある。

質より量の思考は、情報の整理を困難にし、理解を妨げるリスクがある。

このため、購入や積読の目的を明確化し、定期に見直すほか、読書記録をつける等の対処法が有効だろう。

4.経済的負担

本の購入には支出を伴う。

積読が増えるということは、読まぬ本に支出を繰り返すことの証明であり、自分自身が「浪費」と感じる可能性がある。

本来、楽しむべき読書を苦痛に感じるのは実に嘆かわしいため、古本の購入や電子書籍の利用、購入リストの作成等を取り入れることをオススメしたい。

積読否定派の意見を踏まえ、メリットと注意点を考察するまとめ

当ページでは、積読否定派の意見を踏まえ、メリットと注意点を考察した。

関連リンク

30代になって鑑賞する「魔女の宅急便」

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魔女の宅急便とは

魔女の宅急便(英題:Kiki’s Delivery Service)は、平成元年(1989年)7月29日に公開されたスタジオジブリ制作のアニメーション映画。略称は「魔女宅」。

スタジオジブリの長 宮崎駿監督の長編映画の中では初めて、宮崎監督以外が原作を手がけている作品でもある。

原作は、角野栄子先生が手がけている児童書です。

あらすじ

下記に「魔女の宅急便」のあらすじをまとめる。

  1. 主人公のキキ(13歳)は、生まれた家(魔女)の慣例に従い、黒猫のジジと家を出る
  2. 辿り着いた海沿いの街「コリコ」にて、宅配業を営む
  3. キキ唯一の特技「ホウキで空を飛ぶ」、「ジジの言葉がわかる」という能力が著しく低下
  4. 落ち込んでいるところ、友人や顧客の力を借りて再起を目指す
  5. 友人が危険に晒されたことを機に魔法を取り戻し、救助成功

冒頭から泣けた

何本か所有するDVDの中から「魔女宅」を見つけ、移動中 鑑賞することにした。これが間違いだった。

「魔女として生きるため、13歳の満月の夜に旅立ち、1年間修行を積まなければいけない」というしきたりに従い、当日の旅立ちを決意したキキに対し、表面上は反対する周囲だが、結局、みんな見守ってくれるじゃん…。

1人の子に対し、これほど周囲が見守ってくれていたのかと、筆者、冒頭から涙ぐむ。

恐らく1人娘であろうキキに「いつでも帰ってきて良い」という父。「飛ぶことしか覚えなかった」と心配する母。いずれも親心であり、夫婦らしい絶妙なバランスだよなぁ。

いっぽう、キキの門出に立ち会う同世代の友人達との無責任で、青いやり取り。湿っぽいやり取りがないところが逆にリアルで、清々しい。

結果、再生から10分足らずでハンカチが湿ってしまったのである。

魔法ではなく特技

コリコに到着後、職務質問を受け、ホテルのフロントで身分証の提示を求められ、途方に暮れるキキ。

グーチョキパン店の2階に居候することになった翌朝、旦那さんと鉢合わせないよう、手洗いで一呼吸置くあたりが妙にリアルで引き込まれてしまう。

本作において、魔法はファンタジーではなく「特技」「才能」の位置づけで、思春期ならでは心理描写等が顕著に描かれ、自分と重なる部分がある。

できることができなくなる

作中、ジジの言葉がわからなくなり、ホウキで飛ぶことができなくなる場面がある。

これを「魔法の力が弱まった」と表現し、消失するわけではないことに安堵する反面、前例がなく、今後の見通しがつかないこともわかる。

似たようなことは人生で何度も起きるし、経験してきた。こうして何度も経験してきたことから、初期の焦燥、不安感は薄れていることを再認識する場面でもある。

最も泣けたのは

数年ぶりに鑑賞した本作において、今の筆者が最も泣けたのはクライマックス(以前は、スランプ時にキキが受けた老婦人の心遣いだった)

突風に煽られ、暴走する飛行船から伸びるロープの先にしがみつくトンボを追うカメラにキキが写った際、それまでキキが接してきた人々が画面越しに声援を送る様子に、ぽろぽろと涙が零れた。

自分に余裕がないとき、視野は狭まる。批判的な声が聞こえるうちはまだマシだ。

本物の孤独は、多数の人の中で感じるものであり、誰からも見向きもされなくなったときに訪れるものである。

当該シーンにおいて、彼女自身に直接声援が届くことはないだろうが、困難に立ち向かうキキへの声援こそが、彼女がやってきたことの答えだろう。

他人との絆、優しさ、支え合う姿勢が、加齢と共にしみるようになって来た。

これは恐らく、筆者自身が助けられ、助けてもらったことと無意識に重ねているのだろう。

ありがとうございます…ありがとうございます…