無人区 vol.5 | 留まらないものたち

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 春は、静かなざわめきだ。耳を澄ますまでもなく、そこかしこで光が揺れている。けれど、それらはすぐに触れることもなく消えてしまう。

 空気は淡々とし、なかば身を浸らせるような感覚がある。この場所では、人も鳥も、自然も人工も、ゆるやかに重なり合っている。

 簡易に分けられるものは何もない。だから、わたしはここに止まる。

音もなく、柔らかな羽音だけが通り過ぎる。

 小さな鳥たちが毎日のように溜り、毎日のように離れていく。微かな音を残し、後には無音だけが佇んでいる。

甘い香りに誘われて、静かな昼餉(ひるげ)。

 おずおずとこの場所に遠慮しながらいるものたち。同じ地に、同じ空気の中に、ただ傷付けることもなく在る。

ひとところに留まることのない、春の重さ。

 ささやかなみどりが湿りを含んだ風を抱いて揺れる。それは、分かちやすい喙や香りでなく、ごく細い、気づけばいつだったのかもわからないような流れだ。

空に泳ぐものたちも、今はまだ手の届く距離に。
わずかな風に、ほろり、ほろり。

 やわらかい花は、やはりここでも風に揺れ、やがて落ち、跡が残る。誰かが捨てたものでも、誰かが置いたものでもないかのように、 無意識に、ただそこにある。

ふいに現れた、誰かの名残(なごり)。

 歩んでも歩んでも、人の足音は多くない。 動き回る自転車も、雨までのわずかな時間のための経過点にしかすぎない。

人々は遊び、風はその隙間を縫っていく。

 そうして、一線の通り離れた場所にたどり着き、我に返る。

奥へと誘う、影と光の門。

 ここは、そのすべての真ん中にありながら、どこにも存在していない場所だったのだ。

遠ざかる自然、手に残る静寂。

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