今すぐしたい?その欲を賢く満たす一歩先の思考

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1. 欲しいものが何でも手に入るとしたら、あなたはどうする?

 今すぐに、お金が手に入る、地位が上がる、誰もが羨むライフスタイルを手に入れられる、嫌いな相手をアレ、、しても罪に問われない環境が手に入る―といわれたら、あなたはどうしますか。

 「言うまでもない」「そんなの決まっている」とすぐに答えが浮かび、かつ、具体的な想像まで容易だったあなた。そう。筆者はいま、あなたに話しかけている。


2. 欲しいものを手に入れるという誘惑

目の前にあるチャンスを見逃さない

 お金が欲しい、自由が欲しい、世間の注目を浴びたい。誰もが羨む地位に立ちたい。望むものが、今すぐ手に入る方法スイッチが目の前に現れたら、あなたは誘惑それを無視して通れるか。筆者なら数秒悩むし、とりあえず押すかもしれない。なぜなら、そのチャンスは「今だけ」に見え、大した苦労も強いられず、欲しいものをくれるという。完璧に無視するなど不可能というものだ。

 だが、生きている限り、理性ははたらく。「そんなうまい話があるのか」「何かの罠ではないか」「代償はなんだ」と、やかましく脳内で騒ぎ立てるだろう。

 そして、それは往々にして正しい。


3. 欲望の代償

そのチャンス、掴んだ瞬間にしか見えないモノがある

 ここで一つ、あなたの想像力をお借りしたい。チャンスを掴み、実際に手に入れた欲しいモノたち。あなたは大した対価は支払っておらず、「ラッキー!」と鼻歌でも歌いたくなるかもしれない。あるいは、これまで我慢してきたぶん、一気に開放し、思う存分味わい、楽しむかもしれない。
 しかし必ず、「賢者タイム」は訪れる。これは本当に「タダ」だったのか。そして、この幸せはいつまで続くのかと不安が脳裏をよぎるだろう。

 ここでようやく、理性の声が聞こえ始める。

 快楽それは本当にタダだったのか。何か違法わけありなもので、何らかの罰を受けるのではないか。


4. リスクと欲望の間で

一歩引きで見る

 突如、欲しいものが目の前に現れたら、手を伸ばしたくなるのは当然だ。ここで一呼吸おき、その後を想像できるかどうかであなたの運命は大きく変わる。例えば、目の前に大金がある。自分以外に人はおらず、防犯カメラや何らかのセンサーがはたらいている様子もない。大量の紙幣が目の前にドドン!と積まれており、自分がここにいる事実さえ、誰も知らない。

 ただ、十中八九自分の金でないことだけは確かだ。

 「一枚くらいもらっても罰は当たらないだろう」「ちょっとくらいなら言い逃れできそう」「自分がやったなんて誰もわかるはずない」「あぁ、このお金の一部でもあれば…」こうした考えを一切持たぬ人がいるのなら、それは人ではないかもしれない。あるいは、金に困ったことのない大富豪か、紙幣かねの価値を知らぬ原人くらいだろう。

 しかし、多くの人は同時に考えているはずだ。その考えを実行に移した場合に起こり得る”あれこれ”を。

 その”あれこれ”こそ、目先の欲望からあなたを守るモノかもしれない。


でも、感情や衝動には逆らえないよね

 人は皆、自分を幸せにするよう構成され、生まれながらに快楽プログラムを備えている。それが良い作用をもたらすこともあれば、望ましくない作用をもたらすことも多い。
 「ちょっとくらい」―こう考えている人には、間違いなく後者のはたらきをする。自分にとって都合のいい未来ばかりを見せ、これから起こす行動を正当化してくれるたいへんありがた迷惑なはたらきである。快楽プログラムはとんでもなく強力だ。立ち向かうには尋常ではない精神力・忍耐力を必要とする。そのうえ、施錠し、閉じ込めたはずの欲望が外に出ようと暴れ始め、あなたは一気にてんてこ舞いだ。

 「どうして自分だけがこんな目に…。」

 一人きりで色々なものに立ち向かううち、トホホな気分に襲われるかもしれない。しばらく葛藤した後に、「もういいや」と諦めてしまうこともあるだろう。快楽プログラムという化け物に対抗するには、常人の精神力・忍耐力は繊細過ぎるのである。


5. 本能か、理性か

 聡い人ならもうわかるだろう。快楽プログラムは本能、それに立ち向かうのは理性である。

 時折、「考えすぎるな」と言われることがある。その度に、「あなたは考えてなさすぎる」と思うわけだが、欲しいものを目の前にするとIQが爆発的に下がる。結果、「欲しい!」という衝動に駆られそうになる。
 これに従い、リスクを度外視するのは簡単だ。何せ、遺伝子レベルで自分を正当化してくれるのだから、そう簡単には解けない。しかし、そんな催眠術や魔法にだってとける時が来る。その瞬間、後悔や良心が一気に押し寄せ、あなたを苛む。目の前にあるのは形骸化した快楽の跡だけ。

 さて、あなたは本当に幸せだろうか。


本能的欲求と冷静な判断の狭間で

目先の欲には”救命胴衣”が必須

 目の前にあるチャンスが時限的であるほど、「これを逃してはいけない」と強い衝動に駆られる。そうして焦るあまり、理性やリスクが置き去りになる。その結果、手に入れた瞬間は最高に気持ちが良いだろう。だが、一定時間を過ぎると、腐敗集を放ち、簡単には処理できないゴミと化す。再利用さえ叶わぬゴミそれと、あなたは生きていかねばならない。

 このような悲劇を避けるには、理性の声を聴き、リスクに備えることだ。

 たとえば、欲しいモノを手に入れる際に些細でもリスクが伴うなら、リスクの範囲をできる限り具体的に予測し、それを退けられるだけの材料を備える。命の危機を感じてもなお急流に飛び込みたいのなら、せめて、救命胴衣と命綱は用意すべきだ。


「魚」より「釣り方」、表裏一体の思考

授人以魚、不如授人以漁魚を与えるは人に足りず、人に釣りを授けるに如かず

『論語』(Confucian Analects)より、孔子(Confucius)の教え

 ご存じの方も多いだろう。「魚を与えるよりも、釣り方を教えたほうが良い」という中国のことわざだ。目先にあるものが何らかの「成果」ならば、それを得る手法が必ず存在する。ならば、リスクを伴う果実を得るより、手間はかかっても正攻法といえる手法を学ぶほうが、精神衛生にも中長期的な視点からも資産価値は高い。

 本能優勢の状況下において、これを思い出すことができれば、あなたは覇権をとれるかもしれない。


自分を信じることが最高の自己防衛

 なんともつまらん記事となったが、言わんとすることが一ミリでも伝わったなら良しとする。昨今の報道を見る度、皆、自分の欲に負けているのだとその背景を思い、やるせない気持ちになる。
 人である以上、欲はあって当然だ。聖人君主を目指すなとも思わないが、欲のない生き物などつまらない。このように傲慢な気持ちも、立派な欲ではなかろうか。

 人が生まれた瞬間には意味などない。しかし、死に際で感じる価値や意味はあるだろう。あなたが自分の人生にどのような意味を見出すか。それは、生き方でしか決められないものである。今日も良き一日を。

平成弐年式、やぎ座のO型。 ふだんは行政書士事務所の代表、根暗をやっています。

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